助ける、という形

元橋恵子です。


昨日は京都亀岡まで
行ってきました。

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そこでアーユルベーダの目的を持つ
スリランカのお茶を頂きつつ
いろいろとお勉強をさせていただいて

スピリチュアルな話もしつつ。


そして夜、
ふと手元にあった

蜘蛛の糸の本。



息子の夏休みの宿題
読書感想文のために
購入したのですが


もう一回読んでみよう~と
読み返しました。


そうすると、
子供のころに読んだ記憶と
少々違ったんですよね。

大人の解釈?

子供のころは
お釈迦さんが蜘蛛の糸を
罪人におとしてあげて

登ってきたけど
あとから登ってくる罪人を

「俺の糸じゃ~~
なに登ってきとんねん!!」


と蹴散らそうとして
悪い心が出てきたから
糸が切れて落ちて

お釈迦さんは悲しい顔をした



心やさしいお釈迦様と
悪い罪人をモデルにした
教訓の話だと思っていましたが

少し違う?!


「真に人を助けるとは
どういうことか?!」


今更ながら学んだ気がしました


確かに、このお釈迦様は

「家を焼き、人を殺し
大泥棒だった罪人が

小さな命を殺してはいけないと
蜘蛛を殺さなかった」

たった一回の慈悲の行動を見て
助けてあげるわけです。


素晴らしい考え方というか(笑)
善悪の見極めというか(笑)


そして蜘蛛の糸を
地獄界へ垂らすんですが

この糸

実は極楽界まで
何万里もあるんですよね!


何万里・・・

一里が約3.9km・・・



お釈迦様ってひょっとしたら
・・・ドS?!(笑)


あり得ない距離。
一生かかるん違うの(笑)

途方もないという意味?


それとも
罪人の態度と努力を見て
いつかクイっと
引っ張り上げてくれるかも

ということ?

いや、深い。。


そして長い年数あがってきたのに
下から登ってきた
罪人達に気付いて蹴散らして

糸がプチンで
ハイ消えた!(←かなり古い)

なんですが

その時お釈迦様は
大変悲しそうな顔をしたあと

またいつも通りプ~ラプ~ラと
歩いて立ち去ってしまうんですよね


今そこに起こっている
恐ろしい事なんて


その罪人一人、
落ちた罪人たちの
悲惨さなんて

極楽界ではまったく意識されず
ただいつも通り

良い香りが漂って
ハスが美しく
咲いているわけですよね。

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人を真に助けるとは
こういうことだ。

真に育てるとはこういうことだ。

自分はこういう精神で
あるべきか。




天の神様が助け船を出すって
必ずあると思っています。



でもそこには必ず
「本気かどうか試される」

出来事がつきもの
なんですよね。


これでもする?
これでもやる?

何度も何度も試される。


そこで人間は磨かれながら
真に強くなっていける。

ダメなら、そこまで。


育児や、人を育成したり
サポートする仕事でも


やはりこの精神が
大事だなと思うんです。


そしてそこには頓着しない


情が深くてつい
気をかけ過ぎがちになる私は(笑)


そういういうことだなあと
今更ながら

自分の育児や人間関係
仕事などに対して

感慨深い思いでした。


そういう人って、強いな。

息子と芥川さんのおかげで
再勉強できた気がします。


皆様はどう思われるでしょうか





いつもありがとうございます
お客さまのうれしいお声


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